毎日が

日記ですよ

登戸の人。

結構他人事に思えなくて。最後に死んでしまった死んで当然のおっさんは刺しながらも、刺した相手に生まれればもっと良い人生だったかもしれないとか思っていたんじゃないかと思うといたたまれない気持ちになる。50を過ぎてしまった彼はもう何者にもなれない、生きてしまった半世紀を取り戻す事もできないという大変過酷な余生を歩むはずだったので彼にとってはハッピーエンドだったのかもしれない。ちょうど昨晩。小比類巻貴之がボビーオロゴンの弟に負けた試合を見たところ。努力では覆せない、誰かが書いた既定路線のようなものを進むときは往々としてあって、そういうときは心を捨て、心を無に、粛々と時間が過ぎるのを待たなきゃいけない時間が人生にはあると思う。そんな時間が彼には50年ほどあったのではないか。希望は叶わず、努力も実らず、時間が肌をさするように過ぎていく。勝手な想像かもしれないがあながち間違ってもいないと思う。もし、彼が僕の想像とは違う人生を歩んでいなければ今回のような行動は起こさなかったはず。誰かの役に立つ生き方もできず誰にも迷惑をかけずに死ぬ事もできない。そんな生まれ持っての不良品に怒りを持つ事が出来なかった。例え被害者に子供がいようと。とても苦しくて悲しい。そんな事件だと思う。勝手な想像なのだけれど、そんな事を思った。夏を前にうかれるな。どうせ何もない。