毎日が。

頑張って書いているつもりです。ごめんなさい。チラ裏とか言わないで。

僕以降に生まれた娘をはじめとする諸々の方々へ。

先生というのは「先」に「生」まれると書いて先生という。

先に生まれたからと言って何が優れているとかそういうことではなくて、それ故に経験せざることに失敗したこと、成功したことを見せる姿を「先生」というのではないかと思う。

反面教師でさえ先生なのである。その姿を見た経験を、生かすも殺すもそれは見た、観察した本人なのではないかと。

同じ風景を見て、それを後に生かす経験として吸収する人、笑い話にする人。様々な人がいると思う。で、先生は無様な姿を見せたとしても、輝かしい功績で尊敬を集めたとしても、それは先生とした役割をこなしているのではないかと。

しっかりと見て、観察して、判断してほしい。

君たちがこの先生きていくためのヒントを、俺たちおっさん、おばちゃんは作っていく。意図するところではなくても作っていく。

それをみて、どう思うか、何も思わないか。

 

しかし、その先生方は往々にして、君たちより先に死ぬ。いろいろあるかもしれないが、先に生まれるということは先に死ぬということだ。

その時は、君たちの出番だ。輝かしかったり、無様だったり。そういう姿を、後に続く奴らに見せてほしい。

 

その時、君たちの姿がかっこよくあるために僕らは居るのだ。

若いきみたちは、僕らよりも幸せにあるべきだ。

そうでないと俺らが報われない。