毎日が。

頑張って書いているつもりです。ごめんなさい。チラ裏とか言わないで。

お酒を飲みながらwikipediaの感想を書く②~秋葉原通り魔事件~

ja.wikipedia.org

 

あまりポジティブじゃない話ですが、凶悪事件とされる事件の中で個人的に好きな・興味のある事件を取り上げます。大丈夫です。ちゃんと酔っぱらってます。

 

僕はシリアルキラーや性犯罪者、強盗殺人、怨恨からの殺人はあまり興味をもって触れることはないです。非リア充、失うものを持っていない「最強の人」であるこういう事件にちょっと惹かれるものを感じます。不謹慎なのはわかっております。被害者本人や親族の方々はあまり読まない方がいいと思います。

 

でも、僕は親族でもなければ当事者・被害者でもありません。なのでちょっと客観視できてしまうのです。これを読んだ方もほとんどがそういう人ではないでしょうか。

 

人の闇に触れる、内側に触れるということはちょっと興味深くないですかね?そうでもないですか?

 

秋葉原通り魔事件(あきはばら とおりまじけん、英語Akihabara massacre)とは、2008年平成20年)6月8日東京都千代田区外神田秋葉原)で発生した通り魔殺傷事件。7人が死亡、10人が負傷(重軽傷)した。マスメディアや本件に言及した書籍においては秋葉原無差別殺傷事件と呼ばれることが多い[6]。~

 

「無差別」「通り魔」防ぐことが難しく、どこでいつ発生するかわからない。それだけで畏怖する感情が増幅されます。ですが、この加藤智弘氏は珍しい方ではないと思います。うん、いつギアが入るかわからないってことでしょうか。

 

~事件概要[編集]

犯行現場となった中央通り(事件2時間後の様子)
犯行に使われたトラック
(フロントガラスが破損している)
加藤が警察官に取り押さえられた現場
(写真中の建物は現在のクラブセガ秋葉原新館)

2008年6月8日12時30分過ぎ、東京都千代田区外神田四丁目の神田明神通りと中央通りが交わる交差点で、元自動車工場派遣社員加藤 智大(かとう ともひろ、1982年9月28日[1] - 、犯行当時25歳)の運転する2トントラック(いすゞ・エルフ)が西側の神田明神下交差点方面から東に向かい、中央通りとの交差点に設置されていた赤信号を無視して突入、青信号を横断中の歩行者5人をはねとばした。

このトラックは交差点を過ぎて対向車線で信号待ちをしていたタクシー接触して停車。周囲にいた人々は最初は交通事故だと思っていたが、トラックを運転していた加藤は車を降りた後、道路に倒れこむ被害者の救護にかけつけた通行人・警察官ら17人を、所持していたダガーで立て続けに殺傷した[注 1]

さらに、加藤は奇声を上げながら周囲の通行人を次々に刺して逃走。事件発生後まもなくして近くの警視庁万世橋警察署秋葉原交番から駆けつけた警察官が加藤を追跡し距離を詰めたところ、防護服を斬り付けられるなど命の危険に晒されるも、警棒で加藤の側頭部を殴りつけるなどして応戦し、最後には拳銃銃口を加藤に対して向け、武器を捨てるよう警告し、応じなければ拳銃を発砲することを通告した。それに応じダガーを捨てた加藤を非番でたまたま居合わせた蔵前警察署の警察官とともに取り押さえ、旧サトームセン本店(現・クラブセガ秋葉原新館)脇の路地で現行犯逮捕した[8][9]。これらはおよそ5 - 10分ほどの間の出来事だった。

警視庁捜査一課・万世橋署は6月10日、加藤を東京地方検察庁に送検、同地検は7月7日、加藤の精神鑑定のため、東京地方裁判所鑑定留置を請求し認められた[注 2]。留置期限の10月6日までに、「刑事責任能力がある」という結論が出されている[10]。~

 

またまた不謹慎ですが、この当時の加藤氏の心境を考えると、「恐怖と不安、安心と達成感」があったのではないかと思います。僕は本人ではないので間違ってるかもしれませんが。人間関係で悩み、悶々とした生活を続けていた加藤氏。対人でメッセージを伝え、受け止めるコミュニケーションをとれる喜びと罪悪感・恐怖からの葛藤、さまざまな感情の中にあった加藤氏。

警察に確保されるという敗北で終わりましたが、この場にいた彼は間違いなく「最強」の状態であっただろうと思います。

 

 

うん、なんか書いているうちにつらくなってきたのでこのあたりで失礼します。